街の喧騒を離れ、ゆっくりと楽しむ食事の時間。店名の『mesa(メサ)』はスペイン語で『テーブル、食卓』という意味です。

店主が20代前半を過ごしたアメリカ中西部・ウィスコンシン州のイタリアンレストラン。慌ただしく激しい店のキッチンを支えていたのは、小柄でパワフルなメキシコ移民の男達でした。毎日休みなく(本当に休みなく)朝から深夜まで低賃金で働く「アミーゴス」。地下の仕込み部屋、大音量でマリアッチ(ノリノリのメキシコ音楽)をかけ、サービス中は凄まじい集中力で動き、盛り上がってきたらエプロン姿で踊り出す...。

​

そんな彼らと僕の、唯一にして最大の楽しみは「食事の時間」。 店の地下キッチンの隅に、古くて大きな木製テーブル(メサ)がありました。仕込み中は鍋やフライパン、包丁が乱雑に置かれ、傷や焦げ跡だらけ。 そして毎日どんなに忙しくても、目まいがする程仕込みが多くても、賄いが出来たら全員(いつも7~8人)メサに集まり、皿とフォークを並べ、年長者のリーダー・アルトゥーロがお祈りを唱えて...。

 

店でただ一人のアジア人だった僕は彼らの話すスペイン語が全く分からず(当時は英語すら怪しかった)毎日カタカナでメモを取りながら必死で食らいついていました。自己紹介すら出来ないので誰も僕の名前を知らず「ハポネス(日本人)」と呼ばれ、アルトゥーロにいつも「いいかハポネス ! これがサナオリア(人参)だ! そしてこれがアピオ(セロリ)! さっさとメモしとけ! 」と怒鳴られ...。

 

そんなキツい毎日でしたが、いつも夕方になるとアルトゥーロがニコニコしながら寄ってきて「ハポネス! メサ! メサ!」と肩を組んで胸を叩いてくれました。みんなで傷だらけの大きなメサを囲み、アルトゥーロが店の残り物で作った素朴な料理を食べる。何気ない話で盛り上がり(大体はウェイトレスの女の子達の話)、故郷に残してきた家族の写真を何千回と見せ合う...。

 

薄暗い地下。お腹を満たす温かい食事。笑い声。一体感。

 

僕もそこで毎日一緒に飯を食いながら、耳を慣らし言葉を覚え、少しずつ自分の事を話せるようになりました。家族の事、好きな音楽、将来の夢の話。いつしか対等に扱われるようになり、火口の前に立って鍋を振り、笑顔で冗談を言い合う事も増えました。ある週末の忙しい営業中、アルトゥーロに初めて「ケイタ!」と名前で呼ばれた時は、感動して泣きそうになったのを今も覚えています...。

 

と、思い出話が長くなりましたが、これが店名『mesa(メサ)』の由来です。

 

どんな時代のどんな場所でも、人は『メサ』を囲み、飲み、食べ、笑い、語り合う。そのシンプルな、でも忘れがちな幸せを、ここで少しでも感じてもらえたら嬉しいです。